3月某日。
いよいよ、この日が来てしまった。
ハルさんと一緒に働ける最後の日。
退職が決まってから、有休消化でほとんど職場に来ていなかったハルさん。
でも、この日は最終出勤日で、出勤してきた。
朝から、なんとなく職場の雰囲気が違う。
普段はバタバタと仕事が始まるのに、今日はどこか落ち着かない。
みんな、「もうすぐハルさんがいなくなってしまう」という現実を受け止めきれずにいるようだった。
かくいう私も、その一人だった。
「自分も辞めるって決めてるのに、こんなに寂しいなんて…」
「リズさんは辞めないですよね?」

お昼休み。
同じ時間に休憩を取ったのは、ハルさんと私、そして後輩のみゆきちゃん。
今日の主役はもちろんハルさん。
いつも通りの和やかな空気だけど、どこかしんみりした雰囲気もある。
その時、後輩のみゆきちゃんがポツリとつぶやいた。
「ハルさんが辞めてしまうの、本当に寂しい。最近、みんな辞めちゃいますね…。リズさんは辞めないですよね?」
ーー「うん。」
私はとっさに、嘘をついた。
本当は、私も辞める。
もう、そう決めている。
しかも、ハルさんは知ってる。
でも、この場ではとても言えなかった。
みんなが寂しそうにしている中で、「実は私も…」みたいに言える度胸が無くて。
それに、今日の主役はハルさんだ。
私が辞める話なんて、今はどうでもいい。
だけど、口にした「うん。」の一言が、やけに胸に重くのしかかった。
みゆきちゃんに嘘をついてしまった。
「またご飯行こうね」
みんなでハルさんに花束とプレゼントを渡す時間。
「ハル先輩、本当にお世話になりました!」
「いつでも戻ってきてください!!」
「噓であってほしかった…。辞めないで…」
みんなが口々に感謝や寂しさを伝える。
ハルさんは少し照れくさそうにしながらも、いつもの優しい笑顔で受け取った。
最近は、ちょっとギスギスしていた職場だけど、穏やかな空気感になっている。
そんな中、ハルさんが私の方を見て、ふっと笑った。
「リズも、無理しすぎないでね。またご飯行こうね。」
「…はい!」
思わず、力強く頷いた。
心のどこかで、気づかれている気がした。
私が、「うん。」と嘘をついたこと。
でも、ハルさんは何も言わなかった。
ただ、私の気持ちをそっと包み込むように「またご飯行こうね」と言ってくれた。
ハルさんがいなくなる現実
仕事が終わり、みんなで玄関まで見送りに行く。
ハルさんは一人ひとりに「ありがとう」と声をかけながら、笑顔で職場を去っていった。
その背中を見ながら、私は改めて実感した。
「本当にもう、ハルさんはいなくなっちゃうんだな」
寂しい。
心にぽっかり穴が空いたような気持ちだった。
でも、ハルさんの最後の言葉を思い出して、少しだけ前を向こうと思った。
「またご飯行こうね。」
辞めても終わりじゃない。
関係がなくなるわけじゃない。
帰宅後に、ハルさんからもらった手紙を読んで涙

帰宅後、ハルさんからもらったプレゼントをあけると、手紙が入っていた。
便せん2枚にびっしりとメッセージが書かれている。
「看護師15人、全員に書いたのか…。さすがハルさん」
丁寧な字で、ユーモアも交えながらの内容。でも、手紙の最後の方で涙腺が崩壊した。
「私が勝手に思い込んでいることかもしれないけど、いつもみんなに寄り添ってくれたこと、温かく見守りサポートしてくれたこと、ありがとう。リズは賢く努力家で、何でもこなせるので、心配することは何もありません。いろいろな場所で多くの才能を活かしていってください」
転職を目指す私へのエールも込められた手紙だった。
こんなに人に思いを寄せてくれる人、なかなかいないと思う。
今の職場は、最後の方はしんどいことも多かったけれど、ハルさんに出会えて本当によかった。
わたしもあと少し、がんばろう。